3D空間に「書く」という体験
「3D空間自由配置エディタをつくってみた」――この言葉の響きには、どこか未来的で、少し大げさな印象があるかもしれません。
けれど実際に触れてみると、そこにあるのは派手な演出ではなく、「書く」という行為そのものが、静かに変質していく感覚でした。
文字は本来、行に並び、ページに収まり、上から下へと流れていきます。
それは紙という媒体がもたらした、長い歴史を持つ「重力」です。
今回つくったエディタは、その重力を一度、取り払ってみる試みでした。
改行を前提とせず、文字は座標に固定され、空間の中に“置かれる”ように存在します。
それを3Dで斜め上から眺めるとき、テキストはもはや「文章」ではなく、「空間に残された痕跡」に近いものになります。
実際に触ってみる
以下に、今回作成したエディタをそのまま埋め込んでいます。
文字を入力し、カーソルを動かし、視点を変えながら、
「書く」という行為がどう変わるかを、ぜひ体感してみてください。
2Dテキストエリアを3Dで扱うという発想
内部的には、このエディタは巨大な2Dキャンバスを持っています。
そこに文字を書き込み、それをテクスチャとして3D空間に貼り付けているだけです。
つまり技術的には、「2Dテキストエリアを3Dで眺めている」に過ぎません。
けれど、その“眺め方”が変わるだけで、体験は大きく変わります。
カーソルは面の上を移動し、視点は斜め上から追従します。
文字は行をまたいで自由に配置され、上書きされ、空間に散らばります。
そこでは、
「次の行に進む」ではなく、
「どの座標に書くか」を考えるようになります。
この差は、見た目以上に本質的です。
それは、言葉が“時間軸”から“空間軸”へ移る感覚に近い。
「書く」から「刻む」へ
通常のエディタでは、文字は常に“流れ”の中にあります。
一文が終われば次の行、さらに次の段落へと、思考は縦方向に展開されます。
しかし自由配置エディタでは、
文字は「並ぶ」のではなく、「置かれる」。
それは、文章を書くというより、
空間に印を刻んでいく行為に近づきます。
この変化は、思考のあり方にも影響します。
- 中心にある概念
- その周囲に散らばる断片的な言葉
- 遠くに置かれた、まだ言語化できない違和感
それらが、同じ「面」の上に共存できる。
行という秩序に縛られないことで、思考は“地図”のようになります。
3Dは装飾ではなく「身体感覚」
このエディタにおける3Dは、派手な演出のためのものではありません。
役割はむしろ、身体感覚を伴わせることにあります。
斜め上から面を眺め、カーソルに視点が引き寄せられるとき、
書くという行為は「操作」から「移動」に近づきます。
どこに書くかは、
「どの場所へ行くか」という感覚になる。
これは、従来のテキストエディタには存在しなかった質感です。
まとめ ―― 書くという行為は、まだ変われる
今回の「3D空間自由配置エディタ」は、
紙を捨てるための道具でも、文章を否定するための仕組みでもありません。
ただ一度、
「行」という前提を外してみただけです。
その結果、文字は“並ぶもの”から、“存在するもの”へと変わりました。
書くという行為は、編集から探索へと、少しだけ性質を変えました。
テキストは、まだ別の姿を取り得る。
「書く」という行為も、まだ違う形を持ち得る。
このエディタは、そのことを、静かに教えてくれます。


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